現役学童保育指導員の「いおぴいまん」がポップでライトに学童保育の情報をお届け中☆

学童保育の「遊び」ってどうよ⁈(まとめ)

いおぴいまんがX(エックス)で投稿した内容について、YouTubeで詳しく内容を深堀するコーナー。

ライブ配信

それの、まとめ
テキスト化

今回は「遊び」というテーマについていおぴいまんがポップでライトに自由気ままに発信させていただきます。

それではさっそく一つ目です。

①学童保育は信頼できる友だちや指導員がいるところ。たのしいところ。疲れた体を癒すところ。ストレス発散できるところ。元気が湧き出るところ。その生活の中心はあそび。あそびが軸の生活づくりがこれらを生み出す。学童保育で子どもは育つ。あそんで育つ。あそびが十分でないと子どもは荒れる。学童崩壊につながる。

というツイートでした。

子どもは「遊ぶため」に 学童保育にきています。

楽しい、面白い学童保育の条件には「遊びの充実」が欠かせませんよね。

なので、学童保育の生活は宿題したり、おやつを食べたりもしてますが、その中心は「遊び」です。

・遊ぶ時間をいかに確保するか。

・どうやったら楽しく遊べるか。

について指導員は考えて、生活づくりをする必要がありますよね。

学童保育の生活は遊びが軸に組み立てられます。

その軸がぶれてしまうと学童保育の生活は乱れてしまいます。

  • 子どもが暴れる。
  • 言うことを聞かない。
  • モノを片づけない。
  • 部屋から脱走して帰ってこない。

というてんやわんや学童保育になっている理由の第一位は「遊びが充実できていない」ということである。

私はそう思います。

逆を言えば、遊びさえ充実していたら、子どもたちは落ち着くということです。

一度、

「子どもが荒れているんです」

「一度この学童クラブを見に来てください」

そう言われて、そこの学童保育を見学をしにいったことがあるんです。

その時その学童クラブをみて気づいたことがあったんです。

それは子どもが暇そうにしているということです。

つまり遊びが充実していないってことです。

中には「ひまー、ヒマー」と叫んでいる子もいました。

ひまヒマ星人がいる惑星(学童)だったんです。

ヒマな子どもはヒマなので悪さをはじめます。

走り回ったり、言うことを聞いてくれなかったり、暴言暴力が収まらなかったりします。

すると指導員はその子たちを注意したり怒ったりしますよね。

すると子どもはますます反発します。

指導員に怒られると「うるせぇーっ!!」って子どもは感じます。

そして、悪さ倍増。悪循環ですよね。

負のスパイラルですよね。

これが学童保育が荒れる理由のように感じました。

だから「遊びの充実」って大切ですよねー。

子どもと一緒にという視点

そこで指導員として大切にしたい関わりがあります。

それは「指導員が子どもと遊ぶ」です。

暴れている子に指導員が声をかけます。

「ねえねえ。一緒にトランプしよう♪」

とかです。

「止めなさい」と叱る前に「一緒に遊ぼう」と指導員が声をかけます。

指導員=怒る人(言うことを聞かす人)

子ども=怒られる人(言うことを聞かされる人)

という関係性はアウトです。

そうじゃなくって「子どもと一緒に」というまなざしを指導員として持つことを大切にします。

指導員が子どもと関わる上で大切にしたいキーワードは「一緒に」です。

それを抑えておきましょう。

はい。では続いての投稿です。

②学童保育でミニ卓球をして遊んでいると周りに子どもが寄ってくる。「順番ね、負けたら交代しよう」といいながら指導員が子どもとあそぶ。指導員が早く負けて他の子どもと代わってあげようとも思ったが、負けたくない精神が湧いてきて4連勝。「おとなげない」という褒め言葉を子どもからいただいた日◎

という内容でした。

これは単純に私が卓球して子どもと遊んでいる時に「おとなげなかった」という話です。

負けたら交代の勝ち抜き戦で遊んでいました。

指導員が4連勝。(手加減なし)

これがほんと楽しかったんです。

子どもと指導員が本気で遊ぶことで遊びが盛り上がったんです。

そして子どもから「おとなげない」っていうほめことばをいただきました。

指導員が子どもと遊ぶ時に「真剣に遊ぶ」ってことが結構ポイントになってくると思うんです。

ああ。そうだ。

この前、学童保育の研修に参加したんです。

その研修内容は「遊びの実技」だったんです。

指導員が大体50人ぐらい集まって実際に遊ぶ研修だったんです。

でもみんな「負けず嫌い」なんです。

お手玉でも鬼ごっこでもかまぼこ板おとしでも、指導員たちが本気で遊んで研修を受ける姿が見られたんです。

「この先生たちは普段から子どもと遊ぶときでも全力なんだろな」 と私もみていてうれしくなったことがあったんです。

さっきの話とつなげると私が卓球で 4連勝したのも、それはそれでありだったのかな。

そう感じました。

4連勝?いやっ、もっと連勝したかったですね。

はい、次でーす。

③学童保育の遊び。暇。おもしろくない。そう思っている子はあそびの邪魔をする。すかさず指導員は注意。「邪魔するならその遊びはもうできません」こうなりがち。ここでポイ ント。邪魔をしたい子がいたら、邪魔をしてもokのルールを考える。お邪魔者が堂々と邪魔できる遊びに展開する。子どもと一緒に工夫する。確かめ合う。

というツイートでした。

遊びの邪魔をする子っていますよね。

例えば、しっぽ取りで遊んでいて先にしっぽを取られてしまって悔しがる。

そして暇になる。

その子からしたら「おもしろくない」と感じているケース。

するとその子は、他の子の邪魔をする。

しっぽをまだ取られていない子を追いかける。

想像してみてください。

これって邪魔ですよね。

この時、指導員なら言っちゃいますよね。

「邪魔をするなら止めなさい」とか「もう次は参加させません」ってその子を注意する感じになっちゃいますよね。

しかしここで、ひと工夫しましょうって話です。

そんな邪魔をする子が堂々と邪魔をできるような遊びを取り入れるのはどうですか?

ということです。

例えば一度しっぽを取られてしまった子が復活できるルールを子どもたちと考えるんです。

その復活した子はボーナスタイムで20秒だけ追いかけまわすことができるとかにするんです。

チーム対抗戦でしっぽ取りで遊んでいる場合だとその子たちが相手チームを狙いにいけるので、そのボーナスタイムはとても貴重になるんです。

これなら、その子たちは思う存分ボーナスタイムで相手の邪魔をできますよね。

堂々と邪魔ができるんです。

邪魔というよりそれがルールです。

なのでむしろ、活躍できるんです。

暇じゃなくなるんです。盛り上がるんです。

この話は、遊びの研修で「なべさん」から教わりました。

X(エックス)で交流のあるあの「なべさん」です。

もうほんと目からウロコだったので、この投稿をしたんです。

またこれは子どもと一緒にこのルールを確認し合うことがポイントになるんです。

指導員が押しつけがましくこのルールを提案するのではなくって、「こんなのはどう?」「どう思う?」と子どもの意見を聞く。

子どもの合意や納得が得られることが大事なんですよね。

ここも抑えておきたいポイントでした。

はいでは、次の投稿でーす。

④学童保育で子どもの遊び。

・棒を集める
・石を掘る
・水たまりを眺める
・消しカスを丸める
・輪ゴムをイジる
・寝転んで上を見る

鬼ごっこやドッチボール。折り紙や工作だ けが遊びではない。これも立派な子どもの 遊び。満足感が得られる。落ち着く。集中できる。こんな遊びも子どもを育てる。遊びは子どもの命。

という内容です。

子どもってこういうことしますよね。

ひたすら穴を掘り続けるとか石をただただ削るとかをよくしますよね。

大人から見ると謎の行動。

しかしこれは、子どもにとって大切な遊びなんですよね。

一見遊びだとは思わない遊び。

名のない遊びです。

子どもからしたら無意識かもしれないんですが、これらは子ども自身の遊びたい欲求を満たす貴重な遊びなんですよね。

鬼ごっことかドッチボールをすることも学童保育で大切な遊びなんですが、このような名のない遊びも子どもにとって最高な遊びであることをここではお伝えしたかったんです。

私たち大人でも単純作業に没頭すると何かちょっと気持ちいいというか集中してるとストレス解消になるっていう感覚ありませんか?

集中って気持ちいいんです。

色塗りとかを無心ですると少し気持ちいい感じと似てるかもしれませんよね。

学童保育はこんな遊びがたっぷりできる環境であってほしいと願います。

クリップをぐにぐに。和ゴムをびよびよ。

モノをいじるとか…こういう遊びが許されるのが学童保育の場ですよね。

学校の授業中にずっとなんか削ってたり、消しカスを丸めてたら「授業中はしっかり授業に集中しましょう」ってなりますよね。

しかし、学童保育は子どもの自由時間であり、子どもが好きなことをして過ごせる生活の場ですよね。

なので、そこを指導員として大切にしたいなと思いました。

それでは続いての投稿です。

⑤学童保育で子どもが木の棒を振り回して遊ぶ。指導員は危険と判断し、その遊びを止めさせる。ふと自分の小学生時代を思い出 す。私は学童保育に通っておらず放課後は近所の神社でよく遊んだ。友達と棒を振り回して遊ぶこともした。楽しかった。そこでその子たちに聞いてみた。木の棒ではなく新聞紙を筒状に丸めて、それを振り回して遊ぶのはどう?

答えはノー。

「木の棒やからおもしろい」とのこと。
「木の棒だから」その色、形、重さ、触感 にスリルを感じる。そこにワクワクがあると指導員は想像。もっと自由に遊ばせてあげたい。しかし危険が伴う。指導員体制と連携。それができる規模と環境。ムズい

というような内容を投稿しました。

木の棒を振り回して遊んでいる子がいたら皆さんどうされますか?

いいね、いいね。どんどん、ぶんぶん木の棒を振り回して遊んでOKって言うことはできませんよね。

それが目に刺さっ てしまうと大怪我になりますし、「そういった遊びはやめましょう」って指導員として注意すべきですよね。

では

振り回すのは危ないから、木の棒を持つだけならどうでしょう?

「オッケー」と言いたいところですが、持ってるだけでも危ない要素はありますよね。

持つだけって言ってても振り回して遊ぶ子もいると思います。

だから、「やめときましょう」「木の棒を持つのも拾うのも禁止」ってなりがちですよね。

んじゃあ次

棒の代わりに新聞紙を筒状にして遊ぶのはどうですか?

木の棒ほど危険ではありませんが、それでも振り回して遊ぶとしたら、やっぱり危険ですよね。

この話で何がお伝えしたいかって言うと、こういうスリルがある遊びって本来子どもは大好きだし、やらしてあげたい。

でもケガをしてしまうのは避けたいので禁止が多くなる。

だから指導員としてそこに葛藤がある。

それを誰かにわかってもらいたい。

指導員のこの気持ちを共感してほしいというのがこのツイートの意図でした。

実際私の学童保育では木の棒はアウトです。

そこで「新聞紙を筒状にしてチャンバラごっこするのはどうか」を子どもに提案してみたんです。

しかしその時は、「木の棒やから面白い」「新聞紙とかしょぼいから嫌や」と子どもに言われてしまったんです。

声をかけるタイミングとかその時の状況とか色々あると思いますが、「木の棒じゃないと嫌だ」と子どもが主張したんですね。

そこは指導員としてもわかってあげたい部分だと感じました。

「木の棒を持って遊びたい」これって子どもからみたら当然の姿ですよね。

「木の棒だから…」

この子どもの気持ちを指導員として理解してあげられたらいいなと思ったんです。

実際に木の棒を振り回して遊ぶのは無理ですが、その(木の棒を使って遊びたい)気持ちの部分には共感できます。

本当はそういうね。

ちょっと危険なこととかも経験していく上で子どもには大きくたくましく成長してもらいたい。

そう思う部分もあるんです。

そのあたりの見極めや遊びのルールづくりって難しい。

でも子どもの気持ちを大切にした生活づくりって素敵だなと思いました。

あっ、でもスポーツチャンバラ的なものも100均で売っているみたいなんで、それはそれでおすすめです。

ただ単に禁止。

一律アウトって言うのじゃなくって、子どもとの対話の中で子どもたちと安全や遊びについて考えていけたらそれがグッドだと感じています。

はい。続いての投稿です。

⑥学童保育で子どもとドッチボール。子どもが超でっかくコートの線をかく。「もうちょっと小さいコートの方がいいんじゃない?低学年もいることやし……」と指導員が言う。「ええねんエエねん、これの方がオモロイから…」と子ども。使うボールはゴム製でよく跳ねるタイプ。それでバウンドして当たってもアウトというルールを子どもがつくる。これが最高におもしろい。上に投げても下を転がしてもスリルがある。ボールが反発するのでキャッチしにくい。なので低学年が投げても高学年を当てられる。これが遊び。自分たちで 好きなようにルールややり方を変えられる。「ああ楽しかった」 あそびの可能性は無限。

という投稿でした。

子どもがでっかいコートをかき出したんですよ。

「ドッジボールしよう」って6人ぐらいの子どもと指導員が約束をしていました。

そしてとにかく、そのコートがデカかったんです。

なので「ちょっとデカすぎない?もうちょっと小さいほうがいいと思うけど」と指導員が提案したんです。

しかし「ええねん、ええねん」とか言って6年生の女の子がコートを足で線をひいて、でっかいコートが出来上がったんです。

ところがそれがよかったんです。

ボールは大きめのゴムボールだったんです。

だからポンポンとよく跳ねるんですね。

大きなコートでも投げると外野までポンポン跳ねて飛んでいくんですね。

それでワンバンでもツーバンでもそのボールに当たると「アウト」になるルールを子どもが考えたんです。

なので低学年が内野から相手を目がけて投げたボールでも、ポンポン跳ねるので結構スリルがあって面白かったんです。

でっかいコートでちょうどいい大きさだったんです。

「子どもの言うようにして遊んでよかったな」

そう指導員として思ったんです。

「さすが子どもたち‼」天才って思ったんです。

「子どもたちで意見を出し合い、子どもたち自らでルールとかそのやり方まで変えていけるのが遊びのいいところだな」

そんなふうにも感じられました。

これは「遊び」だからできることですよね。

遊びだからルールも自由に変えられるんですよね。

「遊びの可能性」これは無限だな。

そんなふうに思ったので、この投稿をさせてもらいました。

はい、では続いての投稿です。

⑦学童保育のあそびと安全。安全は自分たちで培うもの。子どもはあそんで安全を育む。指導員は子ども自身が自分で自分の安全を守る術を身につけることができるようにサポートする。なのでボディーガードのように子どもの安全を守るわけではない。 安全管理や監視とは違う。指導員の専門性は子どもへのかかわりの部分。安全づくり。人づくり。ボディーガード部分じゃない。

こういった内容です。

子どもは遊びを通して安全力を育む。

例えばジャングルジムに登るのに、「上に登らしてあげましょう」と言って指導員がその子を抱っこしてジャングルジムの上に登らすとします。

するとその子はそこから降りられなくなるかもしれません。

なぜなら登らせてもらった場所からは自分では降りられないからです。

そういうものですよね。

自分で登れた子の場合は自分で降りられる。

そういうものですもんね。

だから「自分で登りたい」と思うことは、安全力を培うチャンスだと思うんです。

「やってみよう」というそのチャレンジが子ども自身の安全力を育むんだと思うんです。

きっと、そういうもんですよね。

そこで、禁止事項を指導員がつくるんじゃなくって、子どもの能力に応じて子ども自身が考えてルールをつくっていけるのが理想だと私は思ったんです。

「これ以上ジャングルジムの上に登ったら危ないな」って子ども自身が感じられる能力(危機管理能力)が養われることが大切だと思うんです。

それは禁止から生まれるんじゃなくって、主体的に子どもが遊ぶことで培われる力なんじゃないかなと感じたんです。

それがこの投稿の意図でした。

また日頃、子どもが遊ぶときに指導員が笛を吹く。

「ピーっ」「 はいそこダメ。降りなさーい」

と指示したり管理したりするだけのかかわりを指導員として私はしたくありません。

それは嫌なんです。違うと思うんです。

ジャングルジムの下で指導員がボディーガードするように構えているのも違うなって思ったんです。

指導員の専門性はその部分じゃありませんよね。

筋トレとかして、子どもを守る体力づくりをする必要性は指導員にありませんよね。

そこじゃなくって子どもが自分で自分の安全が守れるように声かけや対話を大切にながら指導員としてかかわっていきたいと感じたんです。

日常の中で子どもと遊び中心の生活をすることで 安全を育む。

指導員はその部分のプロ。

子どもとの関係づくりや対話の中で子ども自らが遊びの中で安全力を育むことができるようにサポートする。

「子どもの遊びと安全」ってとっても難しい部分ですが、そういったところを大切にしていきたいと感じました。

ではその次です。

⑧学童保育で子どもがあそぶ。あそびは子どもにとって多くの意味をもたらす。しかし子どもにとってはそんなの関係なし。ただ今を楽しむ。あそびたいからあそぶ。ただそれだけ。あそぶこと自体が目的。何かの目的のためにあそぶのではない。あそびがつまらなくなる原因はそれ。あそびがあそびでなくなる瞬間がそれ。あそぶことに理由なんていらない。それがあそび。

という投稿でした。

子どもって暇があったら遊びますよね。

「遊ぶな」って誰かに言われても勝手に遊びますよね。

それが子どもです。それが「遊び」なんですよね。

何かの目的とか意味は持たなくても子どもという生き物は、ただただ遊んでいます。

例えば、ドッチボールをしたらね。

  • 運動能力がアップする。
  • チームワークを大切にする心が育つ。
  • コミュニケーション力が爆上がり。

というように、子どもの能力はアップするかも知れません。

遊びにより子どもは大きく成長します。

それはそうなんです。

しかしそれは大人が意味づけしているだけのものですよね。

子どもからしたらドッチボールは楽しいからやる遊びなんですよね。

そこにいちいち指導員が意味を持たす必要はありませんよね。

また

おり紙は手先が器用になるからいいよ。

だから折りなさい。

丁寧に端っこ揃えなさい。

って指導員は思うかもしれませんが、それを言われると子どもは嫌ですよね。

おもしろくなくなります。

気持ちが冷めちゃいますよね。

そうなると遊びが遊びじゃなくなるんですよね。

今を楽しむ。

遊びたいから遊ぶ。

これが遊びの醍醐味ですよね。

そのことを指導員として大切にしたいと思ったんです。

子どもからしたら遊ぶことに理由なんていらない。

だから指導員は子どもが目いっぱい遊べる環境を整える。

遊びの時間を十分に確保する。

そこに焦点を当てて保育していきたいと感じたので、この投稿をしました。

学童保育の「遊び」ってどうよ⁈

このテーマは奥が深い。幅が広い。

まさに「海」です。

でもこうやってみなさんと交流しながら、話ができて私はよかったです。

また色んな学童保育の永遠のテーマについて一緒に語り合うことができたらうれしいです。

以上‼終了!

学童系ユーチューバーいおぴいまんでした。

じゃねー♡バイビー♪

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます。

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じゃーねー

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